当宿のコンセプト
「島が一つのホテル」
当宿は、島の日常を楽しんでいただきたいという想いから、「島が一つのホテル」のコンセプトで運営を行っております。当宿を島暮らし体験の拠点としてご利用いただくため、宿泊プランはとてもシンプルでわかりやすい「素泊まり」のみとしております。
宿をとびだして、島の日常を体感する旅を是非お楽しみください。
宿主からのご挨拶
白鳥 匡史
瀬戸内ジャムズガーデン 園主
コンフィチュール クリエイター
江戸時代、周防大島に柑橘栽培を伝えた藤井彦右衛門(ひこえもん)。
彼の屋敷を解体するときに一部移築して建てたのがこの古民家(築1923年)です。
以来、この館には漁師の網元が暮らしておられましたが、私たちが引き継ぎました。
今でいう木材のリサイクルはその当時としてはとても当たり前の考えであったのでしょう。
使用している木材は移築よりさらに古いため、200年以上前の木材ではないかと推察されます。
移築した時に生まれたほぞ穴や、梁の配置指示の墨書きなどが当古民家には残っており、当時の営みを今に伝えています。
この古民家を私たちが引き継いだ時、基礎も床も壁もとても傷みが激しかったため、家屋の解体も考えました。
しかし、島の柑橘類でジャムやレモンチェッロを造ることを生業としている私たちにとって、島の柑橘栽培の祖、藤井彦右衛門の息吹が感じられる建屋を遺していくことが、未来への責務だと感じ、基礎から補強・再生し、多くの方が利用できる「場」へと再生させることとしました。
彦右衛門が活動していた当時の交通の大動脈は瀬戸内海で結ばれた航路。
この宿の裏手には日前港があり、この地も当時は「船」がもっとも身近な移動手段であり、かつ「港」が島外に開かれた唯一の窓口だったことが分かります。
このような立地の庄屋であった彦右衛門がその熱い想いと行動力で島の未来を切り拓こうと柑橘栽培に着手したのもうなずけます。
島に多くの恵みをもたらした彦右衛門の熱い想いと行動力を改めて顕彰し後々に伝えていきたいと思います。
隣接するレモンなどの柑橘畑は庄屋の屋敷跡地を利用しています。往時の面影の残る古民家の宿で、島の先人たちの営みに想いを馳せながら、是非ゆるりと島時間を楽しんでいってください。
宿主 白鳥
藤井彦右衛門(1816年〜1896年):日前(ひくま)村の庄屋として、幕末から明治期に農業振興に寄与した。島民の暮らしを豊かにするため、1848年に大阪(和歌山とも言われている)でみかんの苗木を数百本買い付け、船で搬送しこの地に植栽した。これが、周防大島における柑橘の経済栽培の始まりとされている。